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	<title>ピースウォーク京都</title>
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	<description>ひとりの歩みから</description>
	<pubDate>Thu, 22 Sep 2011 16:21:41 +0000</pubDate>
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	<language>en</language>
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		<title>キャンドルビジルへのお誘い　殺された人びとへの追悼と祈りを込めて　2011年10月8日（土）</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/111008.html</link>
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		<pubDate>Tue, 20 Sep 2011 20:14:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<category><![CDATA[キャンドルビジル]]></category>

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		<description><![CDATA[【日時】　2011年10月8日（土）19:00～20:30ごろ
【場所】　京都・三条大橋周辺
【主催】　ピースウォーク京都　http://pwkyoto.com
【問合】　090-6325-8054
ビジル【vigil】 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【日時】　2011年10月8日（土）19:00～20:30ごろ<br />
【場所】　京都・三条大橋周辺<br />
【主催】　ピースウォーク京都　<a href="http://pwkyoto.com" >http://pwkyoto.com</a><br />
【問合】　090-6325-8054</p>
<p>ビジル【vigil】とは<br />
・・・「寝ずの番」「夜伽（よとぎ）」「お通夜」などの意。<br />
キャンドルを灯し、亡くなった方たちに思いをはせる集い。<br />
街に立って、意志表示することにも使います。<span id="more-120"></span></p>
<hr />
<h3>10月8日はどんな日？</h3>
<p>2001年の「9･11事件」の報復に、米軍がアフガニスタンへの空襲を始めた日。（干ばつに苦しむアフガンの人々に爆弾の雨を注いだのは、誰に何を報復するため？） 巨大な国家暴力が次々と牙をむき続けた10年、10月8日はその始まりの日だった。</p>
<p>アフガニスタンからイラクへ、あのとき始まった「戦争」は、まだ終っていない。<br />（イラクには大量破壊兵器なんてなかったのに）<br />日米同盟という“つきあい”で、私たちもまた、にんげんの命を奪い、地球の命をも脅かすこの戦争に加担させられてきた。</p>
<p>戦闘機の上からの視線ではなく、地面を逃げまどう人の視線で、「殺すな！」　と、ただそれだけを叫びたくて、小さな一人が、いても立ってもいられずに、「ひとりの歩みから」を始めた１０年でもあった。世界中の小さな一人のうねりが、何かを変える流れにつながるのを夢見て。</p>
<p>でもこの時間の中で、ありとあらゆる新兵器が殺人に使われ、劣化ウラン弾もたくさん使われた。放射能は今このときも、かの地の子どもたちや未来の命を脅かし、奪い続けている。</p>
<p>10年の後に３・11を経て、同じたくさんの放射能を浴びた私たちの大地から、この10年の暴力の中で失われた命に想いを馳せ、手の上に灯した小さな炎を見つめる時間をともにしよう。<br />すべての戦争犠牲者に哀悼を。<br />命を脅かすモノを「やめることができない」愚かさに終止符！の思いを込めて。</p>
<p>10月8日、三条大橋を灯りのリングで包み込みましょう。<br />希望の明日への歩みを始めるために、ともに悼む時間をご一緒しましょう。</p>
<hr />
<h3>What is “October 8th”?</h3>
<p>It&#8217;s the day when the US started to bomb Afghanistan<br />
in the name of retaliation against the tragedy of<br />
September 11th, 2001.<br />
Who on earth was that against and what on earth was<br />
that for? – throwing a shower of bombs and bullets<br />
over Afghan people who were suffering from long period<br />
of drought.<br />
Huge acts of violence by nations have recurred<br />
successively these 10 years.<br />
“October 8th” is the day it actually started.</p>
<p>The target shifted from Afghanistan to Iraq and<br />
the war that started on that day is not ended yet<br />
although it turned out that Iraq didn&#8217;t have weapons<br />
of mass destruction.<br />
Under the &#8220;political relationship&#8221; called Japan-US<br />
alliance, we Japanese were obliged to support the war<br />
that took people&#8217;s lives and also would threaten this<br />
planet&#8217;s life. </p>
<p>Just to cry out &#8220;don&#8217;t kill anybody!&#8221; for people<br />
trying to escape on the ground, many little people have<br />
taken first steps spontaneously these ten years,<br />
dreaming that tiny ripples from all over the world would<br />
come together to become a big wave to change the world.</p>
<p>Various new weapons such as DU bullets have been used<br />
to kill people these 10 years. Radiation continues to<br />
threaten and take children’s lives in that area.</p>
<p>Experiencing &#8220;March 11th&#8221; 10 years later, and living on<br />
land severely exposed by radiation, let us think of<br />
the lives taken by the violence of these 10 years and look<br />
quietly at the small candle lights in our hands together.</p>
<p>Let us express our grief and sorrow for all war victims<br />
and put an end to our stupidity of not giving up holding<br />
and using weapons that threaten people’s lives.</p>
<p>Let us surround Sanjo Ohashi Bridge with our candle lights<br />
on October 8th.<br />
Come and join us to share some time to mourn and to start<br />
to walk ahead together with hope for tomorrow.</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「LIFE FOR LOVE　611京都ピースウォーク」　2011年6月11日（土）　（「6.11 脱原発100万人アクション」 京都での催し）</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/peacewalk/110611.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/peacewalk/110611.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 29 May 2011 21:30:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[ピースウォーク]]></category>

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		<description><![CDATA[【日時･場所】　2011年6月11日（土）（雨天決行）
　14:00　京都市役所前広場 集合
　14:15　主催者挨拶、コース説明
　14:20　ピースギャザリング
　14:30　出発　（～16:30　解散）
【コース】 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【日時･場所】　2011年6月11日（土）（雨天決行）<br />
　14:00　京都市役所前広場 集合<br />
　14:15　主催者挨拶、コース説明<br />
　14:20　ピースギャザリング<br />
　14:30　出発　（～16:30　解散）<br />
【コース】　京都市役所前広場 ⇒ 烏丸御池 ⇒ 四条烏丸<br />
　⇒ 四条河原町 ⇒ 京都市役所前解散<br />
【主催】　LIFE  FOR  LOVE <a href="http://lifeforlove.info" target="_blank">http://lifeforlove.info</a><br />
【協力個人／団体（順不同）】<br />
・<a href="http://www.kankyoshimin.org/" target="_blank">NPO法人環境市民</a><br />
・<a href="http://pwkyoto.com/" target="_blank">ピースウォーク京都</a><br />
・<a href="http://www.kyoto-gf.org/" target="_blank">認定NPO法人きょうとグリーンファンド</a><br />
・<a href="http://www.kazenone.org/" target="_blank">多目的カフェ　かぜのね</a><br />
・<a href="http://www.greenaction-japan.org/" target="_blank">グリーン・アクション</a><span id="more-117"></span></p>
<hr />
<p>この国のこの星の　すべての命あるものの幸せと豊な未来を願い<br />
脱原発とエネルギーシフトへの想いをこめて！<br />
ここ京都でピースウォークします。<br />
集まったみんながそれぞれに自由に表現しながら<br />
ピースでハッピーなウォークしましょう！</p>
<p>*アフリカンドラム（ジャンベ）やギター　ハーモニカに、リコーダーなどなど楽器などもご持参ください。</p>
<p>*メッセージボードやプラカードをもつと効果的です。<br />
伝えたいメッセージがあれば手作りメッセージボードやプラカード、フラッグも是非お持ち下さい。<br />
LIFE FOR LOVEのフライヤーをA3の台紙に両面テープなどで貼付けたら、あら！ステキ。プラカードの出来上がり。<br />
フライヤーは3種類。お好きなものをどうぞ。</p>
<p>*ご家族連れのみなさまも、お散歩がてぜひご参加ください。<br />
一緒に楽しくパレードしましょう。<br />
京都らしく着物も大歓迎、もちろん着ぐるみも！<br />
当日とびきりおめかししてきてね。</p>
<p>*611ピースウォークへ参加されるすべての皆さまへ<br />
当日は交通整備とエスコートしてくれる警察官のみなさんにも<br />
ありがとうとスマイルを！</p>
<p>【参考】 <a href="http://ceron.jp/url/www.scribd.com/doc/52603091/はじめてのデモ-PDF-ver-1-0" target="_blank">初めてのデモ</a></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>原発をとめろ！核事故の真相を明かせ！こどもを救え！デモ（第2回）　2011年5月22日（日）</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/peacewalk/110522.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/peacewalk/110522.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 12 May 2011 21:35:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[ピースウォーク]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=114</guid>
		<description><![CDATA[【日時・場所】　2011年5月22日（日）
　14:00　三条河川敷　集合
　15:00　デモ出発～（雨天決行）
【コース】　三条大橋下（西側）→ 河原町通
　→ 河原町通四条を南へ一筋目で折り返し → 市役所前 解散
 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【日時・場所】　2011年5月22日（日）<br />
　14:00　三条河川敷　集合<br />
　15:00　デモ出発～（雨天決行）<br />
【コース】　三条大橋下（西側）→ 河原町通<br />
　→ 河原町通四条を南へ一筋目で折り返し → 市役所前 解散<br />
（※プラカードなどを持参してください）<br />
【主催】　<a href="http://gensiryokunokai.blog94.fc2.com/" target="_blank">原始力の会</a> と <a href="http://pwkyoto.com/" target="_blank">ピースウォーク京都</a><br />
【連絡先】　橋本　080-5356－2140<span id="more-114"></span></p>
<p>放射能汚染の危機はまだこれから起こってくる。<br />
こどもたち－未来－を守らなければいけない。</p>
<p>浜岡原発は止まった。全ての原子炉を止めよう。<br />
止めるために声をあげよう。繋がるためにともに歩こう。</p>
<hr />
<h3>「日本の被災ー地震と原発事故」について個人的な想い</h3>
<p>ゴールデンウィーク中のテレビのニュースでは、<br />
東北近辺の観光客が震災のせいで激減していると報じていた。<br />
「震災のせいで」とは言うが、放射能汚染が怖いからとは言わない。</p>
<p>テレビでは福島原発の報道がめっきり減ったように思う。<br />
あの地震以前と比べれば、毎日毎日、放射能は原発から漏れ出ている。<br />
いや、もはや、漏れているという言葉が当てはまらない。</p>
<p>いまだ福島原発は危険という言葉では足りないほど危険な状態にある。<br />
１０年、２０年後に「あれは破滅だったのだ」と嘆かなければならないのだろうか。<br />
政府は、隠しようもないことを隠そうとし、<br />
逃れられようのないことから逃れようとし、でき得ることをしようとしない。</p>
<p>５月２日から６日にかけて<br />
「ゴー！ゴー！ワクワクキャンプ」というキャンプに参加していた。<br />
福島近辺のこどもたちを少しでも放射能の被曝から遠ざけるため、<br />
東北の人との繋がりを作るため、逃げられないわけではないと思ってほしくて、<br />
そんな趣旨で行われたキャンプだった。</p>
<p>外に出られない。外で遊べない。外に出るときには、マスク、カッパ、手袋。<br />
こどもたちは京都に来て、たくさんたくさん遊んだ。<br />
たくさん一緒に笑ったし、みんなでご飯を食べた。<br />
素直でかわいいこどもたちだった。</p>
<p>けれど、こどもたちはまた自分たちの家に帰ってしまった。<br />
年間２０ミリシーベルトまで「安全」とされる土地へ。</p>
<p>東北では「放射能は怖くない」というようなキャンペーンがなされている。<br />
インターネットらを使い自分から情報を得ようとする人と、<br />
テレビしか見ない人とでは放射能に対する感覚がまるで違ってくる。<br />
多くの人が何の対処もしないまま、平気で出歩いたり、生活している。<br />
駅前でも高い放射線が測定されているのに。</p>
<p>放射能に対して、人による温度差が激しい。<br />
こどもたちも学校では大きな声で言えない。<br />
農村では「これはうちのばあちゃんが作ったホウレンソウだ」と言われて<br />
いただいたりする、山菜をおすそ分けしてもらったりする。<br />
後でこどもが、「家で食べたか」と聞かれる。<br />
仕方なしに「大人たちで食べたと答えておいて」とこどもたちに言う。<br />
周りに安全な水を飲むことを勧めると、<br />
まるであやしい宗教への勧誘を行っているように受け取られる。<br />
地域がバラバラになっていることを感じるとこどもたちのお母さんは言った。</p>
<p>先祖代々受け継いだ土地を離れたくないと老人が言う。<br />
経済的に不安だと大人たちが言う。<br />
こどもたちだって、友達や大事にしている生活がある。<br />
けれども、放射線の値は大きいのだ。<br />
いまだに原発は危機を全く脱してはいないのだ。</p>
<p>政府は「復興」ばかりを口にする。<br />
なぜだろう。まだ危険な土地で、夏には南からの風が吹く土地で、<br />
なぜ、今、復興なのだろう。<br />
地震や津波の被害を受けた人たちが、早く復興したいという気持ちはわかる。<br />
でも、まだ全く安全になったわけではないのだ。</p>
<p>法律で決められた基準値は年間１ミリシーベルト。<br />
それでも確率的には、１０万人に５人はガンになる恐れがある値。<br />
それが２０ミリシーベルトに引き上げられた土地なのだ。</p>
<p>僕はこどもたちに会った。こどもたちのお母さんに会った。<br />
これは現実に今、起こっていること。<br />
目の前にいたこどもたちの身に起こっていること。<br />
わずか数百キロ離れただけの土地で起こっていること。</p>
<p>政府は動かない。<br />
なぜヨウ素やセシウムばかりが報道されるのか。<br />
原子力安全委員会によって作成され、<br />
２００８年に改定された「環境モニタリング指針」に、<br />
原発敷地外の超ウラン元素は測る必要がないと書いてある。<br />
ヨウ素やセシウムと同じく、<br />
放射性物質であるうちのウランに中性子を当てたときに出てくる<br />
プルトニウムやアメリシウム、キュリウムなどは測る必要がないと。</p>
<p>飛散していないのではなく、測っていない可能性があるということ。<br />
比較的重たい物質である超ウラン元素は、遠くに飛ばないから大丈夫と言っている。<br />
一方、ハワイでは通常時の数倍～数十倍の値でプルトニウムが検出されたという。</p>
<p>政府は、３月１１日からの１０日間ほどで、チェルノブイリ事故での<br />
１０分の１の放射能が福島原発から出ていたことを一月も経ってから公表した。<br />
では、今、その後、何がどれくらい出たのかをいつ言うのだろうか。</p>
<p>逃げてほしい。<br />
たくさんの想いがそこにあることも、たくさんの無理があるのも承知の上で。<br />
１０年、２０年経ったとき、ガンになるこどもたちを少しでも見たくない。<br />
１ミリたりとも放射能を浴びたいと思う人がいるだろうか。</p>
<p>逃がしたい。<br />
少しでも多くの人が逃げられる土台を作りたい。<br />
政府が動かないなら、たくさんの人が集まってその場を作れないだろうか。<br />
せめてこどもたちだけでも、まとまって避難できる先を作ってはいけないだろうか。</p>
<p>放射能は怖いと思う人、原発は危ないと思う人は、少しでも声をあげてほしい。<br />
気持ちを同じくしている人と繋がっていってほしい。<br />
そして、今、一番、被曝の危険に晒されている人たちと繋がってほしい。</p>
<p>今、その危険をそのままにすることは、<br />
やがて日本中の人が同じく危険に晒されることを意味すると思う。<br />
原発はまだ１８基も動いている。</p>
<p>原発は電力の問題ではない。<br />
必要な電力は原発がなくても、すぐにでも間に合うようにできるだろう。<br />
原発は、あの原爆と同じものがもとになっている。<br />
必ず誰かが被曝する。<br />
僕は被曝したくない。僕は被曝させたくない。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「4･3デモ」主催者より　今後のお知らせ　「原始力の会」メーリングリスト（ML）設置</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/110403-3.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/110403-3.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 10 Apr 2011 15:33:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[4月3日のデモの後、次のアクションのお知らせを「ピースウォーク京都サイトにお知らせします」と言いましたが、とりあえず、「原始力の会メーリングリスト」を作りました。
参加されたい方は、以下のアドレスから登録をお願いします。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>4月3日のデモの後、次のアクションのお知らせを<br />「ピースウォーク京都サイトにお知らせします」と言いましたが、<br />とりあえず、「原始力の会メーリングリスト」を作りました。</p>
<p>参加されたい方は、以下のアドレスから登録をお願いします。<br />原発を自らの意志で、みんなの意志で止めましょう！</p>
<p>なお、参加には承認が必要です。<br />後々は、参加の仕方は、すでにメーリングリスト（ＭＬ）に<br />参加されている方からの紹介をしてもらう形にしていこうと思います。</p>
<blockquote>
<h3><a href="http://groups.yahoo.co.jp/group/genpatutometarunakusitaru/" target="_blank">「原始力の会メーリングリスト（ML）」</a></h3>
<p>⇒ <a href="http://groups.yahoo.co.jp/group/genpatutometarunakusitaru/" target="_blank">原始力の会ML（yahooグループ）</a>へアクセスする</p>
<p>このメーリングリストの説明）<br />原始力の会メーリングリストは、2011年4月3日に行われた<br />「原発をとめろ！核事故の真相を明かせ！こどもを救え！」のデモに集まった人を始めとして、原発を止めるため・なくしていくため、その決意を実行するため、また、そうして集まった人と人を繋ぎ、助け合うために、お互いが様々な情報交換をできるように作ったものです。思想を越えて、原発を止め、なくしていきましょう。</p>
<p>そして、原発のために被害にあった人や被害にあっている人、これから被害にあうかもしれない人のためにも、情報交換ができればと考えています。原発を止めたい・なくしていきたいという方が近くにおられましたら、どんどん紹介してください。</p>
<p>2011年4月11日追記<br />「原始力の会 ブログ」も開設しました。よろしくご参照ください。<br /><a href="http://gensiryokunokai.blog94.fc2.com/" target="_blank">http://gensiryokunokai.blog94.fc2.com/</a></p>
</blockquote>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://pwkyoto.com/news/info/110403-3.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>デモを終えて　（主催者より）4･3原発をとめろ！核事故の真相を明かせ！こどもを救え！</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/110403-2.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/110403-2.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 03 Apr 2011 21:00:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<category><![CDATA[ピースウォーク]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=108</guid>
		<description><![CDATA[何人集まるのか全くわからなかった。
１４時からプラカード作りのため仲間内の数人が集まり、
急いでプラカードを作る。
埼玉から大阪に避難したという男性も作業に加わってくれた。
すぐに何十枚かのプラカードができあがった。
今 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>何人集まるのか全くわからなかった。</p>
<p>１４時からプラカード作りのため仲間内の数人が集まり、<br />
急いでプラカードを作る。<br />
埼玉から大阪に避難したという男性も作業に加わってくれた。</p>
<p>すぐに何十枚かのプラカードができあがった。<br />
今までいろんな運動をしてきたため層になっているプラカード。<br />　<span id="more-108"></span></p>
<p>１５時になってみると既に１００人以上はゆうに集まっていた。<br />
僕が主催者だったので最初のマイクを握る。<br />
唐突に「今から原発を止めろ、核事故の真相を明かせ、こどもを救え」<br />
というデモを始めるからと通行中の人に向かって話しかけた。</p>
<p>ずっと考えていたはずの言葉はうまく出てこなかった。<br />
寝不足のせいもあったかもしれない。</p>
<p>僕の仲間が代わってくれて、それから参加しに集まってきてくれた人に<br />
「どなたでも話したい人はどうぞ」と呼びかける。</p>
<p>３２年前にスリーマイル島で事故が起こった時も同じ場所にたち、<br />
「原発は危ないんだ」と言っていた人。<br />
広島に爆弾が落ちた時、満員のバスの真ん中にいたので助かったおじいさん。</p>
<p>顔見知りの人。<br />
全然知らない人。<br />
大阪から、東京から、三重から、そして仙台から。</p>
<p>いろんなところから集まって来ていた。<br />
みんな僕の呼びかけに、自主的に来てくれていた。</p>
<p>昨日、インターネットで調べてみると、たくさんの人が今日のデモを<br />ツイッターやmixi、個人のプログなどで発信してくれていた。</p>
<p>僕は主催者として、<br />
集まった人ができるだけ自由に発言したり表現できるようにしたい、<br />
とそれだけを考えていた。<br />　</p>
<p>１６時になってデモが出発する。<br />
出発する頃には２００人以上になっていただろうか。</p>
<p>みな持参したものや僕らが用意したいろいろな種類のプラカードを<br />
持っていたり、いろんな楽器を吹いたり鳴らしたり、<br />
ハンドマイクを持参して発言したりしていた。</p>
<p>僕もマイクを持っていたけれど、何も頭から出てこない。<br />
素直にそれをみんなにマイクで言うと、<br />
一人の女性がマイクを取って発言してくれた。</p>
<p>その人は仙台からこどもたちを連れて逃げてきた人だった。<br />
「みんなに逃げようって言ったけど、親戚もみんな逃げてくれなかった」<br />
「福島の人はのんびりしていて、そして我慢強くて、<br />
自分から『逃げる』なんて言わない。だから、せめてこどもだけでも」<br />
「関西の人は温かくて、初めて会ったわたしたちを泊めてくれたり支えてくれた」<br />
「京都の人もお願いです！こどもたちだけでも逃げられるように、<br />このデモに入ってくれませんか」<br />
「わたしはこのデモに参加している人たちは本当にまともだと思います」<br />
「地震は想定外だったって言うけれど、原発を反対していた人たちには、<br />ずっと想定内のことだったんです」<br />
「わたしは、ずっと原発の反対運動をしてきた人たちはリスペクトしています」</p>
<p>チェルノブイリのこどもたちがどうなったのか、その人は知っていた。<br />
僕がデモの中で言いたかったこと。日記で書いていたようなこと。<br />
僕が言えない分も、それ以上のことを必死に息を切らせながら、<br />１時間は語りかけ続けてくれた。<br />
この人のために僕はデモをやっているのかと思ったほどだった。</p>
<p>デモの列は三条から四条へ向かう時には、出発の時の倍以上に膨れ上がっていた。２００ｍほど後ろに最後尾のパトカーが見える。真ん中でも、持参したマイクで街頭に語りかける人がいたし、音楽はところどころで鳴っていた。<br />
デモの列と歩道が「近い」そんな気がした。</p>
<p>最後尾では僕の友達がサックスを吹きならし、そのまた友達がたいこを叩き、職場の仲間がディジュリジュを演奏していた。<br />
いろんな人が様々な表現で、原発を止めようとしていた。</p>
<p>デモは、コースを歩き終え、そのまま市役所前の広場に集まった。<br />
再び仙台からの人、こどもたちの母さんが僕らに語りかける。<br />
まだアピールを終えてない人たちがそれぞれのアピールを終え、<br />
最後に僕が決意表明をした。</p>
<p>「必ず原発を止めると決意すること。そして、原発を止めよう、無くそう！」<br />
みんなから拍手が上がった。<br />
「まだこれから次に何をしようか、まだ考えていない。<br />
けれど、大切なのはここで集まった人がそれぞれに繋がっていくこと。<br />
繋がっていこう。」</p>
<p>そう言って、デモを終えた。<br />　</p>
<p>デモの様子を言葉にするのは難しい。<br />
それが自由であればあるほど難しくなるだろう。</p>
<p>デモはこれからデモの形を無くしていかなくてはいけない。<br />
路上と歩道との柵を乗り越え、<br />
まだはっきりとは自分のことだと自覚していない<br />
多くの人との気持ちの差を乗り越え、<br />
それぞれの思想を越え、<br />
僕らが手にすべき自由への道を歩めるように。</p>
<p>それがどんな形のものになるのか。<br />
僕はまだそれを知らない。<br />
けれど、夢を見る僕はそれを知っている。<br />　</p>
<p>デモは自由への前進だ。<br />
それに参加すること、それに協力すること、<br />
みんな誰かに言われたからやるのでは意味がない。<br />
デモによって何かがなされることよりも、<br />
デモによって、自分の意志で自由へと進むことが、<br />
今の僕らには重要なのかもしれない。</p>
<p>まず、原発を自らの意志で、みんなの意志で止めよう。<br />
そして、無くしていこう。</p>
<p>原発を止めても、こどもたちにはまだ<br />
安全な世界を残してはやれないかもしれない。<br />
だから、今は、原発を止めることと、<br />
自由を求める姿をこどもたちに見せてあげたい。</p>
<p>僕らにはまだできることがたくさんあるのだから。</p>
<hr />
<p><a href="http://pwkyoto.com/news/peacewalk/110403.html">（参照:　2011年4月3日（日）デモ案内・呼びかけ文）<br />原発をとめろ！核事故の真相を明かせ！こどもを救え！　デモ</a></p>
<p>【日時】　2011年4月3日（日）16:00　デモ出発～（雨天決行）<br />
【コース】　三条川原→河原町通→河原町通仏光寺→折り返し<br />
　→市役所前　解散<br />
【集合】　15:00　三条河川敷　（※プラカードなどを持参してください）<br />
【主催】　原始力の会 と ピースウォーク京都<br />
【連絡先】　橋本　080-5356－2140（仕事中は電話に出られません） </p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>原発をとめろ！核事故の真相を明かせ！こどもを救え！　デモ　2011年4月3日（日）</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/peacewalk/110403.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/peacewalk/110403.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Mar 2011 21:14:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[ピースウォーク]]></category>

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		<description><![CDATA[【日時】　2011年4月3日（日）16:00　デモ出発～（※雨天決行）
【コース】　三条川原→河原町通→河原町通仏光寺→折り返し
　→市役所前　解散
【集合】　15:00　三条河川敷　※プラカードなどを持参してください。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote><p>【日時】　2011年4月3日（日）16:00　デモ出発～（※雨天決行）<br />
【コース】　三条川原→河原町通→河原町通仏光寺→折り返し<br />
　→市役所前　解散<br />
【集合】　15:00　三条河川敷　※プラカードなどを持参してください。<br />
【主催】　原始力の会 と ピースウォーク京都<br />
【連絡先】　橋本　080-5356－2140<br />
（仕事中は電話に出られません） </p>
</blockquote>
<p>電力を使っているからって黙っていてはいけない。<br />
同じことが二度と起こらないように、<br />
未来に対しての責任が私たちにはある。</p>
<p>パニックが恐ろしいという。<br />
けれど、危険が近くにあるのに静かに慣れてしまうのは、<br />
もっと恐ろしいことではないか。<span id="more-101"></span></p>
<hr />
<h3>「放射能の測定器設置とデータの開示などを求める」 </h3>
<h3>「放射能の測定器設置とデータの開示などを求める」とは、<br />
どういうことか。</h3>
<p>「放射線や放射性物質は目に見えない。」<br />
だから、それが危険だとしても、またいくらかならマシだとしても、大量に飛んできていても、少ないにしても、見えないままだと、どういう対応をしていいのか判断することができない。</p>
<p>これから何をするにしても、放射能の危険がなくなるまでは、それを「目に見える」ようにして、判断ができるようにしなければいけない。そして、それは早い方がいい。放射線や放射性物質を検出できる測定器が多ければ多いほど細かく測定できる。</p>
<p>ただ、その測定結果が一方的に知らされるような状態では、 個々に判断して行動することができない。 一目で判断できる情報として、いつでも誰でも知ることができるように 公開されていなければいけない。</p>
<hr />
<h3>３月１１日の「日本の被災」について個人的な想い</h3>
<p>福島原発で水素が爆発して建屋が吹っ飛んだというニュースを聞いた時、僕は１００キロ圏の人はみんな避難してもらった方がいいのではと思った。地震と津波によって悲惨な状況を知っていても、救助の手が全然届いていないことを知っていても、住み慣れた町、想い出の詰まった土地を離れることが辛いだろうとは思っても、すぐに政府は最大限の力で住民を避難させるべきだと思った。そうした方が安全を確保できるし、支援もできると思ったからだ。</p>
<p>日が経つにつれて、原発の被害は大きなものとなり、放射能の危険が広がっていった。ただでさえ困難で、被害の極端な現地までの道のりに、放射能という大きな障害ができていた。放射能は、その多くが海へと飛んでいるようだけれど、現地にいる避難所の人のもとへも関東平野にも広がりつつあるようだ。</p>
<p>テレビではシーベルト（Ｓｖ）という初めて聞く単位で放射線についてと言われるが、どの数値をどんな風に判断材料にしてよいのかわかりにくく、その上、その判断材料の数値が全然、そろわない。<br />
ついで食料品などに今度はベクレル（Ｂｑ）という聞きなれない単位が使われる。原子核が崩壊して放射線を放つ量が１ベクレル。それが計測されるということで、どんな種類の物質かもわかるのか、とにかく何かがそこにあるということはわかるようになってきた。けれども、全ての放射性物質が計測されているわけでもないようだ。</p>
<p>生活の中では、水を使い、風呂にも入れば、洗濯もする。その水も汚染の対象だ。料理は一種類の単品ではないから、総合的な放射線量もわからない。とにかく、多かれ少なかれ汚染があるならば、それがどれほどの数値であるのかわからなければ、灯らない信号のようなものだ。</p>
<p>関西からは、関東や東北がどんな状況にあるのか大まかにしかわからない。個々人の生活がどれほどに大変で、どれほどに不安に塗りつぶされているのか、どれほど悩ましい状態なのか。</p>
<p>「現地にいる避難所の人たちが我慢しているのに」と関東の人たちも我慢して、そこでの生活を続けているらしい。「せめてパニックにならないように」と精一杯頑張っているようだ。けれど、もう「買占め」や「ガソリン不足」というパニックが起きているように思える。明らかに、何らかの不安と何らかの判断によってそれは起きている。</p>
<p>「冷静に判断してください」と「デマやチェーンメールに注意」と政府が言った。テレビでは、専門家、学者と呼ばれる人たちが話している。専門家や学者と呼ばれる全ての人が正しいのだろうか。それとも間違っているのだろうか。（僕は学問とは「全ての人間に寄与するもの」と考えている）テレビに出ている多くの学者は原発を「安全なもの」と言っていた人たちではなかったのだろうか。いずれにせよ、全部を人任せにしていて自分で選ぶという暮らしができるだろうか。</p>
<p>「まだ逃げることもできない現地の人を置いて、自分たちが逃げるわけには行かない。」 関東に暮らしている多くの人たちがそう思っているのかもしれない。けれども、この震災被害は日本全体のことではないだろうか。関東の人もまた、仕事や住居、生活の基盤となる事柄から離れるとなると苦しいどころではないと思う。</p>
<p>しかし、乳児は大人の３倍も放射線に対し感受性があるということだ。ましてや、胎児ならどうだろうか。また、これから生まれてくるこどもはどうなるのか。せめて、小さなこどもがいる家庭だけでも長期に渡り避難できる体制を作れないだろうか。それが無理にしても、相応の補助金が出せないものだろうか。</p>
<p>関西にいてもわかることは、今、相当の支援とそれに見合う物資やお金、時間が必要だろうということ。避難してくる人を確実に受け入れていかなければいけないということ。そして、それらを補償するのが国だとするなら、それらを揃えるためのお金がいる。莫大な税金が使われることになると思う。</p>
<p>自給率が３割強という中、そのさらに何割が失われることになるだろうか。海の汚染もどうなるものかわからない。日本の経済力も落ちるだろう。世界でも有数の食糧輸入国である日本であっても、食糧難のことを考えてしまう。自給率を上げなければどうしようもないと思う。</p>
<p>原発の事故を、原発の被災を、ただの事故や被災と考えていいだろうか。地震大国だと自他ともに認識できる国で、あの原発が作られていたこと。東京電力のついていた嘘もそうだが、それを結果として認めていたこの国の「過ち」ではないだろうか。</p>
<p>この「日本の被災」を機に、今からでも最善を尽くして、こどもたちが安心して暮らせる世界を残していかなければいけないと思う。そして、まだ現地は孤立していると言っていい状態であるし、原発は危機的状況から脱してはいない。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>福元満治さん（ペシャワール会事務局長）のお話　伊藤和也さん写真展「アフガニスタンの大地と子どもたち」</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/101113-18.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/101113-18.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Oct 2010 13:41:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=96</guid>
		<description><![CDATA[福元満治さん（ペシャワール会事務局長）のお話
【日時】　2010年11月14日（日）16:30～18:30（開場16:00）
【場所】　法然院
大洪水による被災者は2000万人を超える
拡大する戦乱、感染病、そして自衛隊 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>福元満治さん（ペシャワール会事務局長）のお話</h3>
<p>【日時】　2010年11月14日（日）16:30～18:30（開場16:00）<br />
【場所】　法然院</p>
<p>大洪水による被災者は2000万人を超える<br />
拡大する戦乱、感染病、そして自衛隊派遣<br />
今、アフガニスタン、パキスタンで何が起きているのか</p>
<hr />
<h3>伊藤和也さん　写真展<br />
アフガニスタンの大地と子どもたち</h3>
<p>【日時】　2010年11月13日（土）～18日（木）11:00～17:00<br />
【場所】　法然院<br />
（18日は撤収作業のため15:00まで）<br />
13日（土）・14日（日） 元現地ワーカー 進藤陽一郎さんの解説　<br />
　12:00～　15:00～<span id="more-96"></span></p>
<p>「アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に戻す」<br />
「子どもたちが将来、食べ物に困らないように」<br />
故伊藤和也さんは、2003年より約5年間、ペシャワール会「緑の大地計画」に加わりアフガニスタンで農業支援をされていました。<br />
現地の人々に受け入れられた何よりの証でもあるアフガンのこどもたちの笑顔と、アフガンの人々と共に伊藤さんが取り組んでいた事業をご紹介します。<br />
どうぞご来場ください。</p>
<hr />
<p>　パキスタン北西部でも、建国以来最大と言われる洪水が発生し、大きな被害が出ました。8月下旬の段階で被災者は、およそ2000万人。国連はそのうち350万人の子どもが、コレラ・マラリアなどの感染症の深刻な危機に直面していると発表しています。被災地は穀倉地帯でもあるため、食料不足による飢餓の拡大も懸念されています。</p>
<p>  さらに深刻なのは、被災地に重なる地域に、アメリカ軍とパキスタン軍が「タリバン掃討」を名目に度重なる軍事攻撃を繰り返し、住民の難民化と貧困が拡大していたことです。行き場を失い、河川敷にも住み着いていた人々に洪水が押し寄せ、多くの犠牲が出てしまったのです。<br />
  また、洪水によって、北西部から大量の地雷が流出し、すでにこれに触れた子どもが、手や足を失うなどの被害が出ています。戦場から逃げてきた人々を、地雷が追いかけ、伝染病や飢餓が更なる死者を生み出しています。</p>
<p>　米軍による「誤爆」などが日常化していたこれらの地域では、政府と米軍に対する怒りが高まっており、この地域のタリバンは外国軍の支援の拒否を宣言しました。</p>
<p>　こうした中で、米軍とパキスタン政府の要請を受ける形で、日本も自衛隊の派遣を決定しました。しかし、もともと災害の背景にあったのが米軍とパキスタン軍による北西部への軍事侵攻だったため、これらの要請を受けた自衛隊の派遣は、日本が米軍とパキスタン軍の側についたというメッセージを人々に与えてしまう可能性があります。</p>
<p>　世界各地を襲っている異常気象、戦乱による自然破壊のもとでたくさんの悲劇や貧困が生まれ、戦争の種が拡大してしまっています。</p>
<p>　現地に根ざし、「水は命である」と進められてきたペシャワール会の水利事業は、砂漠を緑の大地に変え難民の帰還をもたらしてきました。<br />
　度重なる大災害のもとにある、アフガニスタン、パキスタンの現状を知り、私たちができることを模索し、力をあわせて歩いていきましょう。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「アフガン･緑の大地計画の現場から　復活しつつある農の営み」　2010年5月8日（土）　『アフガン農業支援奮闘記』（高橋修編著）出版によせて</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/100508.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/100508.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 10 Mar 2010 16:00:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=75</guid>
		<description><![CDATA[お話　高橋修さん（ペシャワール会農業指導員）
　　　 進藤陽一郎さん（ペシャワール会ワーカー）
【日時】　2010年5月8日（土） 13:30より（13:00受付開始）
【場所】　ひと･まち交流館京都　大会議室（五条河原 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>お話　高橋修さん（ペシャワール会農業指導員）<br />
　　　 進藤陽一郎さん（ペシャワール会ワーカー）</h3>
<p>【日時】　<strong>2010年5月8日（土）</strong> 13:30より（13:00受付開始）<br />
【場所】　ひと･まち交流館京都　大会議室（五条河原町下ル･東側）<br />
【参加費】　500円<br />
【主催】　ピースウォーク京都<br />
【問合】　090-6325-8054　peace[@]pwkyoto.com</p>
<p><img src="http://pwkyoto.com/pdf/pdf.gif" alt="PDF" /><a href="http://pwkyoto.com/pdf/100508pw.pdf" target="_blank"><b>チラシ見本（218KB）</b></a></p>
<p>『アフガン農業支援奮闘記』の出版に際して、<br />
高橋修さんと、ワーカーの進藤陽一郎さんをお招きし、<br />
お話を伺います。みなさん。ぜひお越し下さい。<span id="more-75"></span></p>
<hr />
<h3>農業支援はどのように進められたのか</h3>
<p>ペシャワール会が2002年3月に発足させた「緑の大地計画」の一翼として進められました。井戸による飲料水の確保、用水路による農業用水の確保と共に、乾燥に強い作物の試作・普及により、旱魃に苦しむアフガンに、緑の大地を復興させることが目指されました。高橋修さんを中心に、日本人ワーカー、現地の農民たちが一緒になって取り組みました。</p>
<h3>計画はどのような考えで進められたのか</h3>
<p>高橋さんが語る「現地主義」の原則が軸になりました。「主役は農家」「現地の技術を改良しながら」「資機材は現地調達を基本として」の3点を中心とするもので、日本からの「技術移転」や「技術指導」という尊大な視点に立たず、アフガンの風土の中で培われてきた伝統的な知恵に学び、農家の意見を集め、課題を共有していくことが核心でした。</p>
<h3>現地農民の意見とは何だったのか</h3>
<p>農民の切実な要求の第一は「子どもだけにはひもじい思いをさせたくない」でした。主食の確保です。第二には家畜の餌を確保すること。アフガンでは家畜はいざというときの大切な貯金です。第三が優良種苗の配布であり、第四が生活に潤いをもたらす作物の栽培でした。高橋さんたちはこれに節水技術と、地力増強技術の開発・普及を加えました。</p>
<h3>実際に栽培に成功した作物は</h3>
<p>主食では小麦、米、サツマイモ、そば、大豆。飼料ではソルゴー、アルファルファ。この内小麦は伊藤さんが中心になり、現地農家の工夫を集大成して大成功しました。進藤さんは、これらの成果を普及するために収穫祭を開き、地元の長老達にタネをプレゼントしました。しかし、お茶、ブドウ、除虫菊は四苦八苦の連続であったとのことです。</p>
<h3>計画は今、どのようになっているのか</h3>
<p>計画は順調に進んでいたものの、米軍の度重なる無謀な軍事作戦によって治安が不安定になる中、2008年夏に伊藤和也さんが拉致され、殺害されるという悲劇が起こり、計画の中断を余儀なくされ、日本人ワーカーが引き上げなければなりませんでした。しかし計画は地元農家に引き継がれ、逞しく前進しています。その報告が現地から届いています。</p>
<p>高橋さん、日本人ワーカー、<br />
現地の農家が一体となった奮闘記を、ぜひ聞きに来て下さい！</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://pwkyoto.com/news/info/100508.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>アフガンに播かれた種に思う　書評『アフガン農業支援奮闘記』高橋修編著　石風社</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/100226review.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/100226review.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 01 Mar 2010 15:59:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=85</guid>
		<description><![CDATA[緑の大地計画の一端として
　本年3月1日付けを持って発行された同書は、ペシャワール会が行なってきたアフガニスタンでの農の営みの記録である。中心になって執筆したのは高橋修さん。同会農業計画の責任者である。これと共に、この計 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>緑の大地計画の一端として</h3>
<p>　本年3月1日付けを持って発行された同書は、ペシャワール会が行なってきたアフガニスタンでの農の営みの記録である。中心になって執筆したのは高橋修さん。同会農業計画の責任者である。これと共に、この計画に携わった全てのワーカーたちの文章が掲載されている。08年夏に亡くなった伊藤和也さんの文章ももちろんある。</p>
<p>　同計画は、ペシャワール会が2002年3月に発足させた「緑の大地計画」の重要な一翼として進められた。井戸による飲料水の確保、用水路による農業用水の確保とともに、乾燥に強い作物の育成・普及により、旱魃に苦しむアフガニスタンに緑の大地を復興させることが目指された。<span id="more-85"></span></p>
<p>　同書の「まえがきにかえて」の中で、中村哲医師が次のように述べている。「計画は、農業専門家として経験豊富な高橋修さんが、日本から志願してきた若者たちを指導しながら進められた。」「農業担当者の者はＰＭＳダラエヌール診療所に併設された職員宿泊所に常駐し、近隣農民との親交を深めながら、仕事をした。半ば定住したと言ってよい。日本から来たワーカーは、橋本を皮切りに、伊藤（故人）、進藤、山口らが粘り強く仕事を続けた」。より正確には、この計画に参加した日本人は、高橋修さん、目黒丞さん、稲田定重さん、橋本康範さん、伊藤和也さん、進藤陽一郎さん、山口敦史さん、宮路正仁さんであった。</p>
<p>　同書では、高橋修さんが描く農業計画の姿を骨格とし、それに、若者たちがどのような思いで参加し、何を見て、何を感じ、いかに行動したのかが書き加えられている。長い農の経験と知恵を、アフガンに生かそうとする高橋さんの思いと、緑の大地と平和を取り戻したいという若者たちの情熱が折り重なり、それが近隣の農家の心に深く染みこんで、ダラエヌール渓谷に、少しずつ、緑が蘇っていく様が、生き生きと描かれている。</p>
<h3>「現地主義」を原則に</h3>
<p>　これらの行動の中でも、とくに注目に値するのが、高橋さんが打ち立てた「現地主義」の原則だ。高橋さんはその内容を「主役は農家」「現地の技術を改良しながら」「資機材は現地調達を基本として」と、3つにまとめている。<br />
日本からの「技術移転」や「技術指導」という尊大な視点に立つことなく、アフガンの風土の中で培われてきた伝統的な知恵に学び、それを生かし、発展させることを軸としていくこと、そのためにまずは農家と共に実態の把握をなし、生の意見を集め、課題を共有していくことが核心をなしている。</p>
<p>　この原則が、ワーカーの若者たちの心の中にも浸透していく。日本と現地を往復する高橋さんに対し、現場から頻繁にメールを送っていた橋本さんは、高橋さんに、何より常に現地の人々の様子をリアルに報告していたこと書き、こう続けている。</p>
<p>　「高橋さんは、「作物栽培が第一ではなく、人を育てることが何よりも重要である」と、常に様々な方法で私に伝えてくださった。「現地の人を立てなさい」ということをいつも高橋さんはおっしゃっていた」。そして若者たちは、悲喜こもごもの苦労を重ねながら、現地主義に立ち切って、アフガンの、頑固な農民たちに迎えられていくのである。</p>
<p>　では現地の農民たちの生の声、切実な要求とは何であったのか。第一には「子どもだけにはひもじい思いをさせたくない」ということ。主食の確保である。第二に家畜の餌を確保すること。アフガンでは家畜はいざというときに換金できる大切な貯金に該当するのである。</p>
<p>　そして第三が優良種苗の配布であり、第四が生活に潤いをもたらす作物の栽培であった。高橋さんたちは、これに節水技術と、地力増強技術の開発・普及をつけ加えた。</p>
<p>　この主食の確保において、大きな発展を作り出したのは伊藤さんだった。橋本さんを引き継いだ伊藤さんは、小麦の栽培において、日本で習ってきた「技術移転」的な考え方を徐々に捨て去り、現地の農家の知恵を総結集する方法に転じていった。</p>
<p>　そして2006年秋に試験農場で10アール475キログラムの収穫を実現する。現地農家の平均収量200～250キログラムの約2倍の収穫だったが、各農家の工夫をまとめあげて実現したことに意義があった。高橋さんはこれを現地主義の理念による成果の代表例としてあげるとともに、「この活動は・・・伊藤君の成長を象徴する足跡として意義が深い」と述べている。</p>
<p>　高橋さんたちは、さらにさまざまな作物の栽培に取り組んでいった。主食では米、サツマイモ、そば、大豆。飼料ではソルゴー、デントコーン（とうもろこし）、アルファアルファ。潤いをもたらすものでは、お茶、ブドウ、除虫菊など。その一つ一つを根づかせる奮闘記は、読者をして試験農場の上に立っているような感を抱かせてくれる。</p>
<p>　さらにこうして開発した様々な知恵の普及に活躍したのが進藤さんだった。進藤さんは長老たちを集めた収穫祭を提案した。試験農場で収穫した作物を調理して出し、お土産に種子を持ち帰ってもらうのである。</p>
<p>　とくに2005年の収穫祭の様子を記した進藤さんの文章は楽しい。実は収穫祭当日に、企画を取り仕切っていた現地スタッフが出席をこばんでしまうハプニングがあり、進藤さんは冷や汗もので開会にこぎつけるのだが、そうしてときに窮地に陥りながらも、若者らしい明るさで歩んでいく進藤さんの試みと、それを懐に温かく包み込んでいくアフガンの農民たちの姿が、ユーモラスに描写されている。</p>
<p>　こうしてペシャワール会農業計画は、確実に現地の人々のものとなり、支援するものもされるものないような形で、大地に根づき始めた。そこでは「飢えた貧しい国の人々」と、それへの「援助」「支援」という関係性ではなく、共に困難に立ち向かい、豊かな実りを分かち合っていく人々のドラマが展開された。</p>
<h3>悲劇を乗越えて</h3>
<p>　しかしこうした高橋さんとワーカーたちの試みは、あまりにも悲しい事件で断絶されてしまうことになる。この過程をまとめたのが、本書の終章にあたる「農業計画、中断の止むなきに至る」である。</p>
<p>　2008年に至り、アメリカ軍のアフガン作戦は完全な泥沼と化し、国内治安が悪化の一途を辿る中で、ダラエヌールにも不穏な空気が漂い始めた。これに最も敏感に反応したのは中村医師であった。<br />
同年6月、中村医師より高橋さんに、ワーカーたちを年内には帰国させねばならないかもしれないというメールが入る。実は高橋さんも同様の不安を感じていた。本書に載せられた、このときの二人のメールのやりとりには、鬼気迫るものがある。</p>
<p>　中村医師は現地の状況が刻一刻と厳しくなっていることを伝える一方でこう書いた。「小生はこれまで通り、現地と命運を共にいたします。・・・旱魃は確かに天災ではありますが、事態をいっそう悪くした軍事介入と「復興支援」、これを支えた心ない官僚、政治屋、戦争屋たちに、せめて一矢を報い、以って辞世の句としたいと思っております。重ねて、これまでのご協力に心から感謝いたします。日本人ワーカーが無事に帰るまで、今しばらくご指導のほどを宜しくお願い申し上げます」。</p>
<p>　これを受けて高橋さんは、「葛藤を繰り返しながら」農業計画終了の案をまとめ、現地に残るワーカーの伊藤さん、進藤さん、山口さんに宛ててメールを書いた。「数日前、中村先生から現地の旱魃状況と治安の情勢について詳細に連絡をいただきました。また合わせてダラエヌールにおける農業計画を終了し、ワーカー3名をキャナル流域の農業開発に当たらせたいとの考えを承りました。・・・皆さんの心中にはいろいろな思いがあると思いますが、どうかご了解をいただきたいと願っています」。</p>
<p>　これに対して、若者たちは、このように返信してきた。「先日、高橋さんから農業計画終了時の対応案をいただきました。まさか、このような案が送られてくるとは思いもよらず、泣きながら読ませていただきました」。高橋さんは、このメールに「彼らの心情を思いやって涙が込み上げてきた」と書いている。</p>
<p>　だがやはり撤収を優先せねばならない。中村医師と高橋さんが断腸の思いを深めながら、急ピッチでその準備を進めているそのとき、あの事件が起こってしまった。伊藤さんが拉致され、殺害されてしまったのである。農業計画は悲劇のうちに、中断を迎えてしまうこととなった。</p>
<p>　伊藤さんが亡くなる話で終わる本書のラストはあまりに悲しい。だが「あとがき」の中で、高橋さんは、2009年2月、試験農場の担当農家から進藤さんにかかってきた国際電話を紹介している。「日本の皆は元気か？ミスター・タカハシは元気か？ミスター・イトウの家族たちも元気か？」「大丈夫だ。農業計画はちゃんと前進しているぞ・・・」。</p>
<p>　高橋さんや、伊藤さん、進藤さん、そしてすべてのワーカーたちが、現地の農民たちとともに育ててきた作物は、着々と実りを続けている。農業計画は悲しみを超えて生き延びている。伊藤さんの播いた種は、アフガンの大地にしっかりと根をはったのである。</p>
<p>　同時に伊藤さんは、そしてまた高橋さんたちは、私たちの胸の中にも種を播いたのではないだろうか。その種を受け取って育てられるかどうかに、緑の大地計画の帰趨の一端がかかっているのではないだろうか。本書を読み終えて浮かぶのは何よりもそのような思いである。本書が1人でも多くの方の手に渡ることを願いたい。</p>
<div class="pagebacknavi">2010年2月26日　上杉進也</div>
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		</item>
		<item>
		<title>「アフガン・緑の大地計画の現場から　復活しつつある農の営み」　2009年4月12日（日）</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/090412.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/090412.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 26 Feb 2009 21:31:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=57</guid>
		<description><![CDATA[


ペシャワール会　農業指導員
高橋修さん　講演会
チラシ（0.9MB）
【期日】　4月12日（日）　
　13：30～16：30
【会場】　かぜのね
【連絡】
　090-6325-8054
　（ピースウォーク京都）

 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table>
<tr>
<td valign="top">
<h3>ペシャワール会　農業指導員<br />
高橋修さん　講演会</h3>
<p><img src="http://pwkyoto.com/pdf/pdf.gif" alt="PDF" /><a href="http://pwkyoto.com/pdf/090412b.pdf" target="_blank"><b>チラシ（0.9MB）</b></a></p>
<blockquote><p>【期日】　4月12日（日）　<br />
　13：30～16：30<br />
【会場】　<a href="http://www.kazenone.org/" target="_blank">かぜのね</a><br />
【連絡】<br />
　090-6325-8054<br />
　（ピースウォーク京都）</p>
</blockquote>
</td>
<td valign="top">
<p>　<img src="http://pwkyoto.com/cssimg/090412a.jpg" alt="伊藤和也さんと高橋修さん" /></p>
</td>
</tr>
</table>
<p>伊藤和也さんの写真展にあわせて、高橋修さんの講演会を行ないます。<span id="more-57"></span></p>
<p>高橋さんは、京都市山科に在住、2002年3月からたびたび現地を訪れ、現地に駐在している若い仲間と共に、「緑の大地計画」の一環である「農業計画」を担ってきました。伊藤さんにも数々の農の知恵を伝えてきました。<br />
また日本にいるときも、2週間毎に現地の報告を受けて、メールでアドバイスを続けてきました。</p>
<p>農の営みは今、伊藤さんを含む日本人ワーカーや、現地の人々の努力によって、見事に復活しつつあります。今回は高橋さんに、現地での活動の様子や、和也さんとの触れ合いなどを話していただき、伊藤さんの遺志に思いを馳せていきたいと思います。</p>
<p>一人でも多くのみなさんのご参加をお待ちしています。</p>
<div class="toppageimg2"><img src="http://pwkyoto.com/cssimg/090412b.jpg" alt="一番右が高橋さん、2人目のしゃがんでいるのが伊藤さん" /></a></div>
<blockquote>
<p>高橋 修（たかはし おさむ）さん　プロフィール</p>
<ul class="linktext">
<li>1930年 現在の京都府綾部市生まれ（77歳）。</li>
<li>1951年 京都府立農業講習所卒業。</li>
<li>1952年 京都府採用、農業改良普及事業に従事。</li>
<li>1988年 京都府を依願退職。</li>
<li>2年間の空白後、1990年から2001年まで12年間、国際協力機構（JICA）および全国農業改良普及支援協会の委嘱により、東南アジア・南アジア・アフリカ等８カ国の農業普及改善について技術協力。
<li>2002年から現在まで、ペシャワール会（NGO）の農業計画担当として、アフガニスタンで現地指導と後方支援に従事。</li>
</ul>
</blockquote>
<hr />
<p>運営者（ピースウォーク京都）より、お詫びとお願い</p>
<p>12日 高橋修さんの講演会中には、大変申し訳ないのですが、<br />
会場設営の関係上、写真の閲覧ができません。<br />
講演会終了後（17：00以降ぐらいから20：00まで）ならば写真の閲覧は可能となります。何卒ご了承いただきますよう、お願いいたします。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://pwkyoto.com/news/info/090412.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>「アフガンに緑の大地を」　伊藤和也君 追悼写真展　2009年4月10日（金）～19日（日）　京都</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/090410.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/090410.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 18 Feb 2009 21:00:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=50</guid>
		<description><![CDATA[
【期日】　2009年4月10日（金）～19日（日）
　12：00～20：00　*最終日は15：00まで
【会場】　かぜのね　（叡電 出町柳駅より徒歩1分）
【会場アクセス】 ⇒ 周辺地図　目印となる建物・有料駐輪場の位 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote>
<p>【期日】　2009年4月10日（金）～19日（日）<br />
　12：00～20：00　*最終日は15：00まで<br />
【会場】　<a href="http://www.kazenone.org/" target="_blank">かぜのね</a>　（叡電 出町柳駅より徒歩1分）</p>
<p>【会場アクセス】 ⇒ <a href="http://pwkyoto.com/cssimg/kazenone.jpg" target="_blank"><b>周辺地図</b>　目印となる建物・有料駐輪場の位置</a><br />
　「叡山電鉄」出町柳駅の南側出口をでて、<br />
　東に進み、（セブンイレブンまで行かない）<br />
　一筋目の細い路地を南に約30ｍ。</p>
<p>（*　自転車でご来場の皆さまへ<br />
かぜのねには、駐輪場スペースがありません。<br />
出町柳駅前に8時間100円の有料駐輪場がありますので<br />
こちらをご利用いただきますよう、お願いいたします。）</p>
<p>入場無料</p>
<p>【主催】　ペシャワール会事務局<br />
【運営】　ピースウォーク京都<br />
【連絡】　090-6325-8054（ピースウォーク京都）<br />
【企画・協力】　静岡新聞社・静岡放送<span id="more-50"></span></p>
</blockquote>
<div class="toppageimg2"><a href="http://pwkyoto.com/pdf/090410a.pdf" target="_blank"><img src="http://pwkyoto.com/cssimg/090410top.jpg" alt="「アフガンに緑の大地を」　伊藤和也君 追悼写真展" /></a></div>
<p>　<img src="http://pwkyoto.com/pdf/pdf.gif" alt="PDF" /><a href="http://pwkyoto.com/pdf/090410a.pdf" target="_blank"><b>チラシ（1.2MB）</b></a></p>
<p>　故伊藤和也君はペシャワール会の現地ワーカーとして、2003年から約5年にわたり、アフガニスタンに緑の大地を取り戻すため、現地の人々と共に懸命に働いてきました。しかしながら2008年8月26日、心ない者の凶弾に倒れ、志半ばにして31年というあまりに短い生涯を閉じてしまいました。私たちはここに、生前の伊藤君を偲び、アフガンの人々と共に彼が取り組んだ事業を継続していく決意を新たにして、追悼写真展を開催いたします。</p>
<p>　彼の足跡をたどる写真と、彼が現地の人々に受け入れられた何よりの証でもあるアフガンの子供たちの写真をどうぞご覧ください。</p>
<hr />
<h3>【関連】　⇒　<a href="http://pwkyoto.com/news/info/090412.html">2009年4月12日（日）<br />
「アフガン・緑の大地計画の現場から―復活しつつある農の営み」<br />
ペシャワール会農業指導員・高橋修さん講演会</a></h3>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://pwkyoto.com/news/info/090410.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>2009年1月10日（土）　キャンドル・ビジル　ご案内</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/090110.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/090110.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 06 Jan 2009 14:28:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<category><![CDATA[キャンドルビジル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=44</guid>
		<description><![CDATA[２００９年１月１０日（土）
キャンドル・ビジル
ガザ空襲・侵攻に抗議と
殺された人々の追悼の意を込めて
【時間】　18:30～20:00頃
【場所】　三条大橋　北側東詰め周辺　集合
【連絡先】　０９０－６３２５－８０５４ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote><h3>２００９年１月１０日（土）<br />
キャンドル・ビジル</h3>
<p>ガザ空襲・侵攻に抗議と<br />
殺された人々の追悼の意を込めて</p>
<p>【時間】　18:30～20:00頃<br />
【場所】　三条大橋　北側東詰め周辺　集合<br />
【連絡先】　０９０－６３２５－８０５４<span id="more-44"></span></p>
</blockquote>
<p>街頭に立ちキャンドルを持って、<br />
プラカードなどで意志を示すものです。<br />
自分でプラカードを用意できる人は作って来てください。<br />
キャンドルは複数用意します。</p>
<p>ビジル【vigil】とは<br />
・・・「寝ずの番」「夜伽（よとぎ）」「お通夜」などの意。<br />
キャンドルを灯し、亡くなった方たちに思いをはせる集い。<br />
街に立って、意志表示することにも使います。</p>
<p>パレスチナの事態に対して、<br />
誰もが胸を痛めるばかりだと思いますが、<br />
ピースウォーク京都に参加している何人かで、<br />
何かできることはないか、緊急に相談し、<br />
イスラエルのガザ空襲・侵攻に対する抗議の意と、<br />
亡くなられた方への追悼の意を込めて、<br />
ビジルを行なうことにしました。<br />
みなさま、ぜひご参加下さい。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://pwkyoto.com/news/info/090110.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>報告　10月11日　ピースウォーク</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw4.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw4.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 24 Oct 2008 22:06:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<category><![CDATA[ピースウォーク]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=37</guid>
		<description><![CDATA[2008年10月11日　ピースウォークの様子です。
（写真をご覧ください。）






]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2008年10月11日　ピースウォークの様子です。<br />
（写真をご覧ください。）<br />
<img src="/cssimg/081011pw009.jpg" alt="ピースウォーク" /><br />
<span id="more-37"></span></p>
<hr />
<p><img src="/cssimg/081011pw010.jpg" alt="ピースウォーク" /><br />
<img src="/cssimg/081011pw011.jpg" alt="「戦争はとめられる」" /><img src="/cssimg/081011pw012.jpg" alt="「武力で平和はつくれない」" /><br />
<img src="/cssimg/081011pw013.jpg" alt="ピースウォーク" /></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw4.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>報告　10月11日　ピースウォーク　（リレートークの模様）</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw3.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw3.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 24 Oct 2008 21:47:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<category><![CDATA[ピースウォーク]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=30</guid>
		<description><![CDATA[2008年10月11日に行われたピースウォークの写真より、
出発前のリレートークの様子をご覧ください。








]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2008年10月11日に行われたピースウォークの写真より、<br />
出発前のリレートークの様子をご覧ください。<br />
<img src="/cssimg/081011pw001.jpg" alt="プラカード「9条実現」" /><br />
<span id="more-30"></span></p>
<hr />
<p><img src="/cssimg/081011pw002.jpg" alt="リレートーク" /><img src="/cssimg/081011pw003.jpg" alt="リレートーク" /><br />
<img src="/cssimg/081011pw004.jpg" alt="リレートーク" /><br />
<img src="/cssimg/081011pw005.jpg" alt="リレートーク" /><br />
<img src="/cssimg/081011pw006.jpg" alt="リレートーク　ZAKIさん" /><img src="/cssimg/081011pw007.jpg" alt="リレートーク" /><br />
<img src="/cssimg/081011pw008.jpg" alt="リレートーク" /></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw3.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>10月25日　アフガニスタン現地活動報告会　ペシャワール会の現地活動の様子を聞こう！</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/081025.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/081025.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 14 Oct 2008 15:00:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=24</guid>
		<description><![CDATA[アフガニスタン現地活動報告会
高橋修さん　（ペシャワール会農業指導員）
荒野一夫さん　（ペシャワール会炊事担当）
【時】　2008年10月25日（土）　13:30～
【処】　ひとまち交流館京都　第3会議室
参加費無料
【 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote><h3>アフガニスタン現地活動報告会</h3>
<h4>高橋修さん　（ペシャワール会農業指導員）<br />
荒野一夫さん　（ペシャワール会炊事担当）</h4>
<p>【時】　2008年10月25日（土）　13:30～<br />
【処】　ひとまち交流館京都　第3会議室<br />
参加費無料<span id="more-24"></span><br />
【主催】　<a href="http://pwkyoto.com/">ピースウォーク京都　http://pwkyoto.com/</a><br />
【問合】　０９０-６３２５-８０５４</p>
</blockquote>
<p>　本年8月26日、アフガニスタン東部ダラエ・ヌールのブディアライ村で農業支援活動を行なっていた伊藤和也さんが、何者かによって拉致され、凶弾に倒れてしまいました。</p>
<p>　私たちピースウォーク京都は、8月31日に、伊藤さんとアフガニスタンの干ばつや戦乱で亡くなられた全ての方々を追悼して、三条大橋でキャンドルビジルを行い、9月1日に伊藤さんの故郷の掛川市で行われた葬儀にも、数人が京都から赴いて参加しました。</p>
<p>　伊藤さんの死は、あまりに悲しいできごとでした。<br />
中村哲さんは、現地で行われた葬儀で次のように述べられました。</p>
<p>「伊藤くんを殺したのはアフガン人ではありません。人間ではありません。今やアフガニスタンを蝕む暴力であります。政治的なものであれ、物取り強盗であれ、心ない暴力によって彼は殺されました。」</p>
<p>　こうした構造的暴力が亡くなってほしい。アフガニスタンに本当の平和が訪れてほしい。私たちはそう考えて、これからもペシャワール会の活動を応援し、平和への歩みを共にしていきたいと思います。そのためにもアフガニスタンのこと、現地でのペシャワール会の活動のこと、そして伊藤さんの遺した足跡についてもっと知りたいと思い、アフガニスタン現地に赴いて活動してこられたお二人の方をお招きして、お話を聞くことにしました。</p>
<p>　今回来ていただくのは、<br />
農業指導員の高橋修さんと、炊事担当の荒野一夫さんです。</p>
<p>　京都市内在住の高橋さんは、農業の専門家で、2002年3月からたびたび現地を訪れ、緑の大地計画のなかの農業の再生を担い、顧問として活動されてきました。</p>
<p>　ペシャワール会HPをのぞくと、高橋さんからたびたび行われた現地報告を読むことができます。農業計画の担当者だった伊藤さんとともに、たびたび現地での活動を共にし、日本に帰ったときも、2週間に1回くらい、メールで伊藤さんから現地の報告を受け、アドバイスを行ってきました。</p>
<p>　荒野さんは、2001年末の中村哲さん京都講演会を聞いて、現地での支援活動を思い立ち、ペシャワール会報で現地での炊事当番の募集を見つけ、2006年6月から翌年にかけて、現地に赴かれました。たくさんの日本の乾燥食材を持参した荒野さんの手料理は大好評だったそうです。</p>
<p>　お二人からは、現地での活動の様子、とくに農業計画のお話や、伊藤さんとの触れ合いなど、いろいろなことをお聞きしたいと思っています。</p>
<p>　また、参加者の側からも、自由に質問して、みなさんでアフガニスタンのことペシャワール会の現地活動のことへの理解を深めたいと思います。それらを通じて、伊藤さんの遺志を、私たちが分け持っていけたらと思います。一人でも多くのみなさんがご参加されることを願っています。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://pwkyoto.com/news/info/081025.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>2008年10月11日（土）　ピースウォーク　「いかなる武力も平和を達成しえない」</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 28 Sep 2008 10:56:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<category><![CDATA[ピースウォーク]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=21</guid>
		<description><![CDATA[１０月１１日（土）　ピースウォーク
１４：００　三条大橋下（西側）集合
１５：００　ウォーク出発
【コース】　三条大橋西詰～三条通～河原町通
　～（四条河原町を一筋下ったところでUターン）
　～河原町通～京都市役所前解散 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote><h3>１０月１１日（土）　ピースウォーク</h3>
<p><b>１４：００　三条大橋下（西側）集合<br />
１５：００　ウォーク出発</b></p>
<p>【コース】　三条大橋西詰～三条通～河原町通<br />
　～（四条河原町を一筋下ったところでUターン）<br />
　～河原町通～京都市役所前解散</p>
<p>【主催】　ピースウォーク京都<br />
【連絡先】　０９０－６３２５－８０５４<br />
<a href="http://pwkyoto.com">http://pwkyoto.com</a></p>
<hr />
<h3>「いかなる武力も平和を達成しえない」</h3>
<p>怒り　憂い　嘆き　<br />
ヒステリックなこの時代に忙殺された日常を理由に<br />
立ち止まっているのが嫌になった。<br />
動かな、何も始まらへん。<br />
まずは自分で考えよう。<br />
そして、よりかからず、惑わされず<br />
もっと自分に自信と誇りを持って生きていこう。<span id="more-21"></span></p>
</blockquote>
<p>２００１年１０月７日、アメリカはアフガニスタンに侵攻を始めました。<br />
それから７年、小学生が大学生にまでなれるような時間の中、<br />
アメリカはアフガニスタンに駐留し、爆弾を落とし続けています。</p>
<p>２００３年にはイラクへ、「大量破壊兵器を隠している」と言って<br />
アメリカは侵攻しました。「大量破壊兵器」はありませんでした。<br />
５年もの間、大量の劣化ウラン弾や、<br />
国際条約で禁止されている兵器などを使って、<br />
破壊行為をしているのは他でもない、アメリカでした。</p>
<p>ピースウォーク京都が生まれたのは、一つのパレードがきっかけでした。<br />
パレードをしようと言い出した人の一人には、<br />
アフガニスタンで井戸掘りをしている<br />
ペシャワール会の活動に参加している知人がいました。<br />
そのアフガニスタンにアメリカが侵攻することに不安と恐怖と怒りを<br />
感じました。</p>
<p>２００１年９月「（報復戦争をするという）アメリカに全面的に協力する」<br />
と小泉首相は言い、自衛隊は派遣されました。<br />
今でも自衛隊はアメリカに全面的に協力しています。<br />
（２００８年４月１７日には名古屋高裁で、<br />
イラク派兵が違憲であるという判決が出ました）</p>
<p>「伊藤くんを殺したのはアフガン人ではありません。人間ではありません。<br />
今やアフガニスタンを蝕む暴力であります。<br />
政治的なものであれ、物取り強盗であれ、心ない暴力によって<br />
彼は殺されました。」<br />
（ペシャワール会代表　中村哲さんの弔辞より）</p>
<p>その暴力の連鎖の中に、<br />
自衛隊が含まれていないと言えるでしょうか。<br />
給油や輸送が明らかに軍事目的であること。<br />
武装した自衛隊が派兵されていること。<br />
それ以外の方法を、暴力的でない方法を、<br />
私たちは見つけられないのでしょうか。<br />　</p>
<p>世の中にある「大きな流れ」の中で私たちは生きています。<br />
その「大きな流れ」に対して一人ひとりはあまりに小さいと感じます。<br />
けれども、その「大きな流れ」は、私たち一人ひとりが作ってもいます。<br />
私たちが立ち止まり、考え、違う方向へ流れを作ることができるはずです。</p>
<p>そして、いつも始めは「ひとりのあゆみから」その流れが生まれるのです。<br />
一緒に歩いて、そのきっかけを見つけてみませんか？</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>2008年10月11日（土）　ピースウォーク　（日程・概要）</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw0.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw0.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 22 Sep 2008 21:01:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<category><![CDATA[ピースウォーク]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=18</guid>
		<description><![CDATA[
１０月１１日（土）　ピースウォーク
１４：００　三条大橋下（西側）集合
１５：００　ウォーク出発
【コース】　三条大橋西詰～三条通～河原町通
　～（四条河原町を一筋下ったところでUターン）
　～河原町通～京都市役所前解 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote>
<h3>１０月１１日（土）　ピースウォーク</h3>
<p><b>１４：００　三条大橋下（西側）集合<br />
１５：００　ウォーク出発</b></p>
<p>【コース】　三条大橋西詰～三条通～河原町通<br />
　～（四条河原町を一筋下ったところでUターン）<br />
　～河原町通～京都市役所前解散<span id="more-18"></span></p>
<p>【主催】　ピースウォーク京都<br />
【連絡先】　０９０－６３２５－８０５４<br />
<a href="http://pwkyoto.com">http://pwkyoto.com</a></p>
</blockquote>
<p>主なテーマは、<br />
・　自衛隊を派兵するな！（帰ってこい！）<br />
・　戦争は嫌だ！<br />
・　平和になりたい　など。</p>
<p>ピースウォーク京都も１０月６日で、７年目となりました。<br />
これからも「平和へのあゆみ」を続けたいと思います。</p>
<p>（*チラシ文面が出来次第、ご案内いたします。）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://pwkyoto.com/news/info/081011pw0.html/feed</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>2008年8月31日（日）　キャンドル・ビジル　ご案内</title>
		<link>http://pwkyoto.com/news/info/080831.html</link>
		<comments>http://pwkyoto.com/news/info/080831.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 30 Aug 2008 11:16:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<category><![CDATA[キャンドルビジル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://pwkyoto.com/news/?p=9</guid>
		<description><![CDATA[
２００８年８月３１日（日）　キャンドル・ビジル
「ペシャワール会」伊藤和也さんの死と、
これまでに亡くなったアフガニスタンやイラクの人々を思って。
午後５時～７時
三条大橋北側東詰め周辺集合
主催：ピースウォーク京都
 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote>
<h3>２００８年８月３１日（日）　<br />キャンドル・ビジル</h3>
<p>「ペシャワール会」伊藤和也さんの死と、<br />
これまでに亡くなったアフガニスタンやイラクの人々を思って。</p>
<p><b>午後５時～７時<br />
三条大橋北側東詰め周辺集合</b><br />
主催：ピースウォーク京都<br />
連絡先：０９０－６３２５－８０５４<span id="more-9"></span></p>
<p>街頭に立ちキャンドルを持って、<br />
プラカードなどで意志を示すものです。<br />
自分でプラカードを用意できる人は作って来てください。<br />
キャンドルは複数用意します。</p>
<p>　ビジル【vigil】とは<br />
　　・・・「寝ずの番」「夜伽（よとぎ）」「お通夜」などの意。<br />
　　キャンドルを灯し、亡くなった方たちに思いをはせる集い。<br />
　　街に立って、意志表示することにも使います。</p>
</blockquote>
<p>また一つ命の火がかき消されてしまった。<br />
先頃にもイラクで、９０名もの女性とこどもの命が奪われてしまった。<br />
それらは、単なる死ではなく「殺されてしまった」という死。<br />
誰であろうとどんな理由であろうと、殺すことは暴力でしかない。</p>
<p>アフガニスタンやイラクだけではない。<br />
パレスチナやチェチェン、中国、比べることもできない。<br />
世界中で起こる戦争や紛争、暴力が暴力を生み出す連鎖を止めたい。</p>
<p>*　　*　　*　　*　　*</p>
<p>アフガニスタンで現地ボランティアとして５年、一番経歴が長かった伊藤さん。<br />
現地の言葉も覚え、現地のこどもたちもかけ集まって来るほど、<br />
親しまれながら、農業スタッフとして働いておられました。<br />
ペシャワール会ホームページにある現地からの農業報告には、<br />
報告の合間の文章にユーモアが溢れ、<br />
伊藤さんの人柄が垣間見れます。</p>
<p>旧ソ連の侵攻に続き、大干ばつ。４００万人が飢餓線上と言われ、<br />
今も干ばつは続いています。そしてアメリカの侵攻と空爆。<br />
たくさんの民間人が殺されてしまいました。<br />
自給自足の農業国と言っても良いほどのアフガニスタンで、<br />
難民となった人々のほとんどは、干ばつと、戦闘と空爆のため<br />
畑を失い村を捨てざるを得なかった人々でした。</p>
<p>診療所で、病に倒れるより先に、水がなくて衰弱して死んでゆく人々を<br />
生かすため、井戸を掘り、水利事業を進めていたペシャワール会の<br />
活動に伊藤さんは参加されたのでした。</p>
<p>駐留するアメリカと諸外国の軍隊は、<br />
自給率が６割以下に低下し、食糧危機に陥っているアフガニスタンに対し、<br />
何もできていません。ただ自分たちの軍事力を強化するだけです。<br />
本当の復興は、少しでも現地の人たちの手で現地の人たちの生活を<br />
取り戻せることであるのは明白であるのに、<br />
そして、ほとんどの戦闘が外国諸国の軍隊のいるところで起こっているのに、<br />
尚も駐留し続けています。<br />
しかもアメリカ軍による「誤爆」の連続。アフガニスタンの人々の、<br />
アメリカ軍や外国軍への怒りは日増しに高まっています。<br />
そんな中、ペシャワール会は「丸腰で」干からびた土地に運河を通し、<br />
緑の大地を復活させてきました。</p>
<p>治安が悪いという状況はあります。しかし、悪化したのは何故でしょうか。<br />
世界各国は、干ばつに手を差し伸べることをしたでしょうか。<br />
侵攻を始め、たくさんの民間人を殺したアメリカ軍と、<br />
その戦争と占領を支援し続けている外国諸国の<br />
横暴があるからではないでしょうか。<br />
伊藤さんの捜索に現地の人々が１０００人もあたったそうです。<br />
何が「支援」であるかというその答えは、現地の人々の胸にあるでしょう。</p>
<p>日本はこれから何をするべきか、世界は何をするべきか、<br />
私たちは何をするべきなのか、追悼すると共に静かに考えたいと思います。<br />
伊藤さんの遺した温かい思いを、みんなで分かち合いながら。</p>
<p>（※チラシ用文→インターネット環境のある方は、一度読んでみてください。）<br />
<a href="http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/inochi/inochi-r%20124%20a.htm" target="_blank">ペシャワール会ホームページの伊藤さんの記事</a></p>
<p><a href="http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/" target="_blank">ペシャワール会ホームページ<br />
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/</a></p>
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